2017年10月30日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(3) Surreal Bijoux - Mdvanii 3

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前回に引き続き、ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI)より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィまで」(Surreal Bijoux - Mdvanii)の翻訳です。


「ザ・サマーランド」と「グリ・グリ」

私とララが共同制作で生み出した創作品は、私にとって儀式のオブジェと言って良かった。各作品が、私の個人的な何かを意味しており、それらが世間で人気を呼ぶかどうかは本当に分からなかった。私は、それらを「グリ・グリ」(お守り、又は魔除け)と呼び、魔術崇拝や神智学、最高善、そしてカバラなどへの私の考えと結びつけていた。これらの精神的イデオロギーは、私の母の深淵な思考に影響されたものであり、私はそれに感謝している。又、「ザ・サマーランド」(The Summerland)という概念も彼女から終わることなく聞かされ、それは私の脳内に完全に植えつけられた。そして、この「ザ・サマーランド」とは「安楽の偉大な源泉」であると私は解釈した。そして、それが、私に絶えず、多くの死んだ友人や仲間があの世で平安な居場所を見つけられるようにと祈りの行動を起こさせたのだ。
「グリ・グリ」は象徴的な創作品であり、明らかに私にとって重要な表現であった。それらは、ネックレスやブローチ、ドレスやチュニックに変化させられているけれども、人々の身体に付けられたとき、魔法のような不思議な力が吹き込まれる。又、私は、それらを魔術崇拝やカバラ、そして最高善の、明るくカラフルなポップアート・バージョンだと見做していた。

私はララの為に、とても古いラインストーンで彼の名前を形作り、ベルエポック風の金メッキをした三日月型の鏡をつけたブレスレットを作った。それは幸運と愛のお守りとして、魔法の鋳造を施したものだった。彼が、それを身に着けた時、多くの人々がどれほど注目し、自分にも作ってもらえないかと尋ねてきたのには驚かされた。果たして、それがお世辞だったかどうか分からないが、あまりに多くの人々が、そのブレスレットを欲しがったように見え、私は当惑したものだった。しかし、そうした人々の反応は、私の作品が、俗悪な商業主義とイコールである一般大衆にアピールしたというサインではないと理解し、嬉しく受け止めた。

その当時の私の年齢や生活を想い起すと、私の感情はしばしば極端であり非常に白黒がはっきりしていたように思う。しかし、同時に、私は理解するのは容易いことではないが、物事には、もっと深い内面があることに気が付いていた。つまり、人生のグレーの領域にある沢山の物事に気付けないままではいたくなかったのだ。そして、自分の感覚の中間的なグレーの領域の全てを見ようと試みる。人が考え、行う全ての微妙な側面について考えること、それは日々に魅力的な発見をもたらした。私はララに聞いたり協力を求めたりする必要もないくらい自然に一緒に、私は地球上の暮らしの基本的な日々の事柄、例えば、決まった時間に食事を摂ることや、誰かを居心地良く泊めることなどについて、より多くを理解するようになった。そして私は、完全に多くの素晴らしい、新しい方法に順応して行った。(渡辺純子 訳)
次回へ続く。

トップの写真は、「ザ・サマーランド」をテーマにしたミドヴァニィ。The Summerland Mdvanii 2017.

Photo(c) BillyBoy* & Lala 2017. All rights reserved.

Mdvanii and all related names and the name of BillyBoy* is the sole copyright and trademark of Billyboy*, and used with permission click on this link for all copyrights information.

http://www.fondationtanagra.com

ミドヴァニィに関する公式サイトは以下のものです。

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2017年10月18日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(2) Surreal Bijoux - Mdvanii 2

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前回に引き続き、ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI)より、第15章「シューレアル・ビジューからミドヴァニィまで」(Surreal Bijoux - Mdvanii)の翻訳です。

エイズの恐怖

真に私が考えていたのは、自分の仕事が何よりも、誰が思うよりも、高いところを目指すということだった。ララと共に私は一層やる気に満ちて、まるで一心同体となって邁進した。それは、初めて味わう満足と挑戦と幸せの深い感覚だったと思う。万事がうまく行って、面白く、心配事など一つもなかった。

只、勿論、私は相変わらず精神安定剤の「バリアム」を飲んでいたし、時折リッツやハリーズ・バー、マレー地区の新しいゲイ・エリアにある新しいゲイ・カフェの片隅で、カクテルを飲んで酔っ払いフラフラになっていた。それは私にとって本当に素晴らしい時間だったが、それは同時に、エイズという新しい災難の恐怖と隣り合わせでもあった。そして私は、この時代の中心的な話題であった破壊的な恐ろしい病気の存在に、シュールな雰囲気を感じていた。又、この病気について大部分を義理の弟から教えてもらい、その逃れ難い苦境のドミノ倒しの様な直進する時間を感じた。私はララに「直進する時間が、その忌まわしい時間自体をすっ飛ばして進んで欲しい」と言っていたものだった。というのも、エイズという時代を震撼させた病気についての多様なレベルの理解の仕方が評価されなかったのと、その窮状がとても直進的で永続的に思えたからからだ。シックな黒い服を着てディスコへ踊りに行っていた人たちが、急に喪服の黒い服を着るようになるという、直進的な終わりのない測り知れない悲しみに、本当に絶望を感じた。ディスコは消滅した。耐え難い突然の死。沢山の最愛の友達や、各分野の魅力的な専門家だった知り合いたちが次々に死んでいった。そして、それらは私の心に絶えることのない制作上の主題を作った。

ゲイ活動家である私の義理の弟、ディディエ・レストラード(ララの実弟)、彼は私がエイズ撲滅運動の活動に参加しない理由について不平を言った。私は、体力的に、彼がしていたような闘いに耐えられないことを知っていたからであり、しかし、全く別の方法で、私はそれをやっていたのだが。彼には、私が能天気な人間に見えたようで、それが彼をイライラさせたようだった。後に彼は、数冊ある著書の一つの中で、当時、私といかに付き合うか葛藤していたことや、彼が兄のララを敬慕していたこと、そして私がララを幸せにしていたことなどが、とても明るく語られていた。次回へ続く。(訳 渡辺純子)

トップの写真は、ビリーボーイが1989年に制作した「デム・ボーンズ」(Dem Bones)と名付けられたネックレスとイヤリングとブレスレットの3点セット作品。

Photo (c) BillyBoy* & Lala 2017. All rights reserved.

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2017年10月12日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(1) Surreal Bijoux - Mdvanii 1

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昨年12月に発刊されたビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリの研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI)より、当ブログの読者の皆様に最も関心を持っていただける第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィまで」(Chapter 15 Surreal Bijoux - Mdvanii) のオリジナル・テキストを、ビリーボーイの許可を得て、今回より38回に渡って翻訳することにいたしました。

パートナー、ララとの出会い

私は1978年にニューヨークからパリに移住し、そこでパートナーのララと出合った。そして、彼との関係によって得られた新しい確信に力を得て、パリでの新しい生活を構築して行った。絵画や彫刻、アクセサリー、衣服のデザインを、過去のフィーリングをはるかに凌ぐスリリングな熱情で再開する。市場向けの製品を作ることは念頭になかった。なぜなら、そこには私の非常に強い自己解放の意図があったから。私は又、私が作る衣服と絵画を結合させた混成物を作るプロセスを研究することに喜びを感じていた。そして、この時代の私の仕事はアートのようなものだと自信をもって言い切れると感じ始めていた。作った衣服を引き裂き、それに絵をかき、それらを叩き切って、あたかも遺伝子組み換え操作をしたように縫い合わせる。それらを一緒にすることにより、異様なエンジェルが生まれ、私はそれを無鉄砲に着ていた。それらは時に、私の身体を覆いきれなかったこともあった。そんな私の姿は、メディアによく知られるところとなり、いくつかの論拠のある言葉とともに、私が無頓着な屈託のない人気者だということが発信され、それは驚いたことに世界中に伝えられた。又、当時のプレスの表現に従って言えば、明らかに私は周りの世界を全く気にしない、人形やアート、オートクチュールの収集に陽気に遊び騒ぎ、自分自身をエンジョイしている人間だと。これは半分当たっている。私は、ついに、正常な、自分に良く適応させたと思える生活を手に入れたのだ。しかし、それは決してニルバーナとか、おとぎ話の類のものではなかった。ララは、人々の私に対するリアクションを観察するのを楽しんでいたと言う。又、彼は、メディアが私のことを「漂っている男」というのを聞くのが好きだった。それは本当だ。だが、メディアが私の思いのたった一つの真実さえも捉えたは一度もない。只、彼らは、私がフランスのアートとオートクチュールのアイコン的な過去に関連する魅惑的な人たちと一緒にいるのを見ていた。

ところで、皆さんが信じようが、信じまいが、私には際限のない治療を必要とする生まれつきの持病がある。それは、私が殆どの人と決して心を分かち合えない何かの問題を抱えていることだ。それが原因で、私は無関心で無頓着な人間だという評判がたったのだと思う。プレスは又、しばしば私について、パリのアンティーク・フェアや三大蚤の市であるポルト・ド・クリニャンクール、ポルト・ド・ヴァンヴァス、ポルト・ド・ミロメンシルに足しげく通っていることを伝えた。そして沢山のプレスがパパラッチ・スタイルで、パリとその郊外にある全ての素晴らしい古物商や中古品店で、ひっそりと埋もれている、例えば珍しいファブリックとレースでできた聖杯などの掘り出し物を見つけようと夢見ている私を写真に撮ろうとした。こうしたプレスの私への注目と関心は、当時の私には少々愚かしいものに見えた。それは私の気持ち次第であったが、私は浮かれ騒ぐか、あるいは又、単に彼らの行為に侵略的なものを感じ、私を不快にさせた。

比較的短い期間であったが、ララと私は一緒にアートワークと装身具類を制作した。そして、私たちは本物のカップルと認められ、私たちの作品は世界中の有名人を含むあらゆる種類の人々から求められるようになった。しばしば私は、本や雑誌で読んだり、映画のスクリーンで見た人々と実際に会うようになり、そうしたことにワクワクしたものだった。そして彼らから、私が何をしているかとか、私が他の誰にも似ていないという事が語られた。そんな事どうでもいいのに。ゲェー、もう聞き飽きた。私が、こうした回想に少しばかり苛立たされるのは、自分のユニークさがそれ以上のものであると思っていたからではなく、この時代の思潮に明らかに無関係なことをしていたからだった。それは、大抵の人が「奇妙な」と呼ぶものだった。しかし、それは、私たちの創作的な結合から生まれたものであったから、誰かにとって奇妙に見えたかもしれないが、私には何の意味も持たなかった。私たちの創作的な仕事は、私が過去にダリの信奉者として自分の魂の奥底へ旅した時よりも、この上ない幸福な美へと向かっての学習であった。私の無関心さにも拘わらず、ララは人々やプレスのリアクションを楽しんでいた。
当時のメディアが伝えた私についての報道が本当に価値あるものであったかどうか、私には言えない。実際、私は時代を気に留めないし、社会とその虚飾から遠く離れて漂っていたと、明言できる。人々が私のことをどう見ようが、私は自分の外の世界からはっきりと距離を置いていた。私は、これまで生きてきた世界、これまでの私のプライベートな生活から脱出するために、大量の仕事が必要だった。(渡辺純子 訳)

次回へ続く

トップの写真は、ビリーボーイが1985年に制作した「エデン」と名付けられてコスチューム・ジュエリー作品。
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