2019年01月23日

バービー・イベントが成功して Surreal Bijux - Mdvanii 17

 BB-Barbies.bis jpg.jpg

    ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」( FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI) より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ」( Surreal Bijoux - Mdvanii) の翻訳です。


バービー・イベントが成功して・・・・・・

シュールレアル・ビジューに関する活動のかたわら、私は又、私の仕事がターニングポイントを迎えたことを知った。
1988年、私のバービー・ブックがベストセラーとなり、数か国語に翻訳されて出版される。

         barbie book.JPG
ビリーボーイ著のバービー・ブック " BARBIE HER LIFE & TIMES" 英語版

         
barbie book japanese.JPG
          日本語版

又、「ビリーボーイ・ヌーボー・テアトル・ド・ラ・モードとバービー・レトロスペクティブ」と題されたイベント(パリの有名ファッション・デザイナー等がデザインしたドレスをまとったバービー・ドールと年代物のバービー、合わせて約300体を特別列車に乗せて各地を巡回するというもの。全てビリーボーイのバービー・ドール・コレクション)は、フランスとアメリカへツアーし、大成功を収めた。そして、プレスで大きく取り上げられ、又、クレージーなバービー・コレクターの放火犯が、私の1970年代のヴィンテージ・バービーが入った沢山の木箱を焼こうとトラックに満載したという様なくだらない出来事も起こった。

私は、2体の新しいスタイルのバービーをデザインし、それらは大成功した。それは人形史上初めて、デザイナーの名前が人形の箱に記されたものであった。(トップの写真を参照ください)

又、アンディ・ウォーホルは、ポップ・カルチャー・ドール・バージョンとしての私のポートレートを創作した。

こうしたワクワクするような状況にあったが、私の心からはバービーの魅力と興奮が徐々に消えて行く。
私の人形への執念に関する全ての事は世界的に成功したけれども、私は何か新しいものを創作したくなったのだ。私自身の人形、私自身の世界に対するヴィジョンを詰め込んだような何かを。私は、完全に新しく、そして大胆な(リスクがあってさえも)コンセプトをエンビジョンした。それは子供のおもちゃとは無縁の、完全に贅沢で、アーティスティックな大人の為のファッション・ドールを作りたいと思った。

(渡辺純子 訳)

次回へ続く。

トップの写真は、デザインしたバービーを手にしたビリーボーイ。1987年ころ。
Photo (C) 2019 BillyBoy* & Lala. All rights reserved.

Mdvanii and all related names and the name of BillyBoy* is the sole copyright and trademark od BillyBoy*, and used with permission click on this link for all copyrigts information.

http://www.fondationtanagra.com

ビリーボーイのシュールレアル・ビジューのサイト


http://www.mdvanii.ch/en/article/surreal-bijoux-en

posted by sumiko at 18:46| 東京 ☀| Comment(0) | BOOKS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月06日

コピーの出現とビジネスの曲がり角 Surreal Bijoux - Mdvanii (16)

 !cid_2E9DE71A-B4D4-49C4-BB47-D3EDE783DAF8.jpg

ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI) より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ」(Surreal Bijoux - Mdvanii) の翻訳です。


コピーの出現とビジネスの曲がり角

当時のパリで、もし貴方がファッション・デザイナーだとしたら、その成功の如何はセンティア地区(パリ2区にあり、歴史的に織物や衣料品製造の地区として知られる)で貴方のデザインがコピーされるかどうかで分かった。ここは一連の商業的な製造、大掛かりなスケールの既製服生産のオフィスがある場所であり、かつてスキャパレッリの店の職人だった人たちの多くが当時働いていた。センティエは、販売を成功させる可能性のあるいかなるものでも迅速に製造できる能力があることで知られていた。そこには多くのワークショップがあり、中国製というものは何もなかった。
シュールレアル・ビジューのデザインは、そこで容赦なくコピーされた。見かけはそっくりだが、味わいの薄められたオリジナルの猿真似の安っぽいマスプロダクションだった。私たちのデザインはコピーされる程、褒められ成功しているのだろうけど、私を常にムカつかせた。

全てがクリエイティブでなく、面白くない時期がしばらく続いた。それから私は、組織化された本物のビジネスをセットアップする方法を考えるようになった。私は真剣に新しいやり方を模索し、全てに挑戦した。しかし、それは巨大な学習曲線であった。もちろん、どんなビジネスにおいても常に沢山の仕事、又しばしば非常にうんざりするような作業、そして解決せねばならない多種の問題がある。私の父の言葉が、仕事と創作のこの新しい方法を探る初期の時代に、しばしば蘇ってきた。

この頃、シュールレアル・ビジューは日本で極めて成功し、注文が増えて行った。そしてそれらは私たちのアトリエで作られ、そこから出荷された。

話は変わるが、私たちのデザインを紹介するためのプレスの要望はとても印象的だった。ヴォーグやエル、マリークレールで働く女性たちは、何の事前通告もなしで、撮影の為の作品を選びにアトリエへやって来た。また他のプレスは、ただ電話してきて「ハイ!私たちは海をテーマにしたことをやっているの。ブルーのジュエリーが必要だわ。あっ、それから白いのもね。今日の午後届けてくれない?」といった勝手なことを言ってきた。ジュエリー創作において、最もフラストレーションを与えられる要素の一つは、全ての時間にそれらをいかに見せられるかを私がコントロールできないと分かることだった。
雑誌に掲載されたジュエリー作品はぼやけた色合いで、モデルの髪型や帽子の陰で目立たなかったり、また、時々、それらはショッピングバッグに放り投げられたり、私たちが包んだシルクペーパーがぞんざいに捨てられたりもした。こうしたことに対し、ララの激怒が終わることはなかった。
(渡辺純子 訳)
次回へ続く。

Photo (c) 2019 BillyBoy* & Lala. All rights reserved.

Mdvanii and all related names and the name of BillyBoy* is the sole copyright and trademark of BillyBoy*, and used with permission click on this link for all copyrigts information.

http://www.fondationtanagra.com

ビリーボーイのシュールレアル・ビジューのサイト

http://www.mdvanii.ch/en/article/surreal-bijoux-en

posted by sumiko at 18:16| 東京 ☁| Comment(0) | BOOKS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする