2014年05月18日

松山俊太郎さんの思い出とサイキック・インディアン・ドール Memory of Mr. Shuntaro Matsuyama and the Psychic Indian doll

psychic indian 5.jpg

インド学研究者であり、ハスの研究でも知られる松山俊太郎さんが、5月11日に他界された。83歳であった。
心よりご冥福をお祈りする。

彼は、知る人ぞ知る日本の碩学の一人であり、多くの教え子やファンがおられた。
実は、私も彼の教え子の一人であった。その昔、美学校でインドの「タントラ・アート」の講義を受けたことがある。グレーの髪を角刈りにし、着流しに雪駄履きというのが松山さんのトレード・マークだった。並外れた知性に加え、その粋なスタイルと圧倒的な存在感。私はシビレまくり、勝手に師と仰ぎ、お慕いしていた。
その後、いくつかの偶然と幸運が重なり、又、一時期、お住まいが近所だったこともあって、何回かご自宅に招いてくださったこともある。インドのアートや宇宙論、哲学だけでなく、小栗忠太郎や稲垣足穂、澁澤龍彦等を話題に大変楽しい時間を過ごさせていただいた。そして、何十年にも渡り、付かず離れずのお付き合いが続いていた。

その松山さんとの思い出は数えきれない程あるが、私が最も感動したのは、彼の料理の腕前。忘れもしない、ある年の5月のこと、ちょうど今頃だったと思う。彼から「美味しいものを作ったので夕方遊びに来なさい。」と言われ、仕事の帰りにお伺いすると、何と、タケノコご飯が待っていた!詳しいことは割愛させていただくが、その味は生涯忘れることができない。

そして、もうひとつ、忘れ難い思い出が、このブログのテーマであるビリーボーイの人形と松山さんのことである。
意外と思われるかもしれないが、松山さんはビリーボーイの人形に少なからず興味を示してくださっていた。そして、当然と言えば当然かもしれないが、1992年に発表されたインドの神秘と第六感を象徴した「サイキック・インディアン」に特別な関心を寄せてくださった。私はとても嬉しく思い、日本に上陸させた25体の作品の中から、とりわけ美しい黒髪の1体を選び、彼に贈呈。松山さんの個人コレクションとして所有していただきたいとお願いした。松山さんも喜んでくださり、以来、そのサイキック・インディアンは20年以上、松山さんの人生に寄り添って来たはずである。ちょっと、うらやましい!
その人形を、ここで紹介することはできないが、その代わりに、彼女の仲間たちの写真をトップに掲載した。
因みに、下の写真は、サイキック・インディアン専用のオリジナル・ボックス・カバーである。

          pschin indian box 2.jpg pschic indian box 1.jpg

ビリーボーイの人形を、松山さんに長年所有していただけたことをとても幸せに思う。

松山俊太郎さん、良い思い出を沢山残してくださり、本当に有難うございました。

そして、松山さんを長年支え続けて来られ、葬儀委員長を務められた丹羽蒼一郎さんに深く感謝いたします。

合掌

渡辺純子

Photo (c) Sumiko Watanabe

Copyright (c) SW JAPAN 2014. All rights reserved.
posted by sumiko at 23:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | daily note | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック