2017年12月28日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(8) Surreal Bijoux - mdvanii 8

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ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI)より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニイへ」(Surreal Bijoux - Mdvanii) の翻訳です。


チーム・メンバーたち

シュールレアル・ビジューのオリジナル・メンバーは、ララと私以外4人のスタッフで構成されていた。
ジェーン:私のアシスタント。彼女は非常にうまくジュエリーを身に着け、どこへでも私に随行した。
ビル・アンダーソン:彼はララの友人であり、背の高いアメリカ人。ペインターとして才能を発揮し、とても好人物だった。
シャンタル:彼女はララの高校時代の仲良しであり、彼女の父親がコミュニストだった。彼女はララのアシスタントで、総合的な秘書としての役目を担った。
ナタリー:彼女は、マドンナの「スーザンを探して」(1985年のアメリカのコメディ映画)のマドンナとそっくりだった。全てにおいて無知。私は何故ララが彼女を雇ったのか手がかりがない。しかし、彼女は魅惑的でユーモラス、しょっちゅう色々な事に関して面白いコメントをパリジャンのスラングを駆使して発した。ララは結局、2〜3ヶ月後に彼女を首にしなければならなかった。というのも、彼女はロサンゼルスに住んでいたボーイフレンドへ頻繁に長距離電話を掛け、そして彼女は激しく否定したが、トイレでドラッグをやっていたからだ。ある日、私がアメリカかロンドンからの旅から帰ってきた時、彼女は、もはやそこにはいなかった。

その後、すぐにララはパリのジュエリー・スクールから来た新しい3人をスタッフに迎えた。彼らは学校で習得したスキルやテクニックを持っていたが、そこでは教わることができなかった何かをシュールレアル・ビジューを作るために適合させねばならなかった。全てがハンドメード。ララによって作られるプロトタイプからの金型でさえも。
ユゼフ:彼はカビール(アルジェリアの高地地方)出身で、私たちのアトリエで働いた。彼について、私たちは前もって唯一、ある有名な高齢男性作家が遊び道具にしていた青年の従兄弟であるということのみ知っていた。ユゼフは本当にチャーミングな人物であり、優しくて、親切、ユーモアがあり、優秀な仕事人だった。そして、彼は多くの技術的な問題の解決方法を見出した。彼は長年、私たちの為に働いてくれた。

私たちは沢山のアシスタントを持ち、彼らは皆快活だった。
かなり陽気で少し腕白なスティーブという名の若者は、とても背が高く、ブロンドのロングヘアーのアメリカ人。彼は、『シャンバラ』(理想の仏教国)に於ける北欧のエイリアンといった感じだった。しかし、彼は実際とても腕白な若者で、私を容赦なくからかった。アパートに隠れていて、突然、私を目掛けて飛び出して来たり、私が受け取った手紙に、楽しい返事を書いたり・・・・・。彼は私の通信係だった。そして、秘書を含む幾つもの仕事をこなした。又、必要な時には、私に成り代わって電話で応対してくれた。
ララと私の周りには、沢山の素晴らしい、そして、とても可愛い、いつもお洒落な恰好をしたフランスの若者たちがいた。そして各人が何か特別な才能を持っていた。

ジャッキーは、ブルネットの髪をした若者で、非常に良く働き、チームにとってとても信頼のおける人物。彼は常に冷静で、思いやりがあり、感じが良かった。
ジャン・マルクは、全く驚嘆すべきフランスの若者であり、ポップアート・カルチャーとフランスの芸術文化に精通していた。彼は『キャンプ』の権化であり、ニューヨークの「ザ・ハウス・オブ・アビアス」の舞踏室シーンの一部と言っても良い程だった。彼は長年、私たちの為に働いた。そして彼のボーイフレンド、黒縁のメガネを掛けた愛らしい若者は、私がショーや展示会を行った時、手伝ってくれた。彼らは私とよく旅行もした。私は今なお、彼とは友達である。
エドワード・ヘミングウェイ:有名な作家の孫息子だ。意欲的なアーティストであり、当時、私たちのチームに良いフィーリングをもたらした。その後、彼は素晴らしいドローイングに専念し、又、子供向けの本の仕事をするため、チームを離れたが、彼と私は、今なお、変わらぬ友人である。
それからリッキー。彼は歩く英語と映画文化の辞典のような人だった。そして彼はランチをこよなく愛していた。なぜなら、美食家だったから。ノルマンディーの我が家において、彼は、ララがランチの為に作ったフラン(チーズクリームと果物などを詰めたリング状の底のないタルト)や様々なチーズ料理に舌鼓を打った。彼は私の秘書であり、友人だった。

年月を超えて多くの人々が私たちの周りにいた。そして私は、彼らの殆どと相変わらず友達である。彼らは皆、本当に素晴らしい何かを私たちのチームにもたらしてくれた。(渡辺純子 訳)
次回へ続く。

トップの写真は、ダリからインスパイアーされたスキャパレッリの帽子を被ったビリーボーイのアシスタントだったジェーン(1984年にパリのモードとコスチューム美術館で開催されたスキャパレッリ展の図録より)

Photo (c)BillyBoy* & Lala 2017. All rights reserved.

Mdvanii and all related names and the name of BillyBoy* is the sole copyright and trademark of BillyBoy*, and used with permission click on this link for all copyrights information.

http://www.fondationtanagra.com

ミドヴァニィに関する公式サイトは以下のものです。

http://www.mdvanii.ch/en/mdvanii/
posted by sumiko at 18:06| 東京 ☀| Comment(0) | BOOKS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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