2018年02月04日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(9) Surreal Bijoux - Mdvanii 9

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ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI) より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニイへ」(Surreal Bijoux - Mdvanii)の翻訳です。


パリ オートクチュール職人たちに支えられて

シューレルレアル・ビジューは、ガラス製のビーズや、100年近く昔から続いているパリのオートクチュール産業における偉大な名前を持つ伝統的な職人たちの何人かが作ったハンドメードのガラスによる構成部品を素材として使っていた。その中のいくつかは、「パートドヴェール」という伝統的なガラス工芸技法により作られたものだった。1980年代は、フランスにおいて、職人たちが、この技法を駆使していた最後の時代だったと言える。私たちが使った「パートドヴェール」のビーズは、当時、マレー地区に住んでいた年配の女性によって作られていた。それらはとても美しかった。不透明な白いガラスの中に見える小さな雫のような目、そして片側に笑顔、もう片側にはふくれっ面が見えるような・・・・、それらを私は「宇宙から着た細菌たち」と呼んだ。

「アリババ」コレクションのために、私は、金箔又は銀メッキを施した形の中に、それらのガラス・ストーンを挿入したものをデザインした。それらは、派手な1980年代においてさえも、トゥーマッチに見えた。
アンディ・ウォーホルは、いつも、私の作品を身に着けてくれ、そして「ジャンヌ・ダルク」と名付けた最初の金属製のコレクションもお気に入りだった。そして彼は、それらのいくつかに不朽の名声を与えてくれた。

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        「ジャンヌ・ダルク」ネックレスを身に着けたアンディ・ウォーホル

私たちはレギュラー製品に使う事を意図して、特別な金属モールドを創作した。しかし、私たちのデザインがあまりに多く、金属モールドの使用は限定的なものとなり、別の方法へ直ぐに変えられた。オートクチュール・アクセサリーを作る職業において、私たちが当時行っていた職人たちが使った伝統的なメソッドと素材を求めたのは、私たちの他に殆どいなかった。私たちは、ジュエリーを入れる箱さえも、ディオールやシャネル、バレンシャガのために箱を作った同じメーカーに頼んだ。私たちは、パリに存在した最も有名な、最も古い流派の職人たちと共に仕事をしたのである。例えば、メゾン・グリポー(私は、オートクチュール・アクセサリーの女王として君臨したマダム・グリポーのファミリーを1970年代から知っていた)、メゾン・ジャンヴィエール、メゾン・デリュのデリュ氏、あらゆるタイプのトリムと帽子に関連する部品で知られるメゾン・ミシェル、素敵なストーンで知られるスワロフスキー、そしてメゾン・レマリエのレマリエ氏、彼は私たちに羽根を制作してくれた。そして沢山の沢山の他の職人たちがいた。私は、こうしたチャンスに恵まれたことをとても嬉しく思う。なぜなら、それらのメゾンの多くは、1990年代に徐々に閉鎖され、あるものはシャネル社に買収され、その一部となり、又、デリュやグリポーのように商業化したものもあり、パリにはもはや以前のような古い流派の職人たちの居場所はなくなった。彼らの極少数は、縮小され変形されて生き残ったが、殆どの職人たちは消滅した。

シュールレアル・ビジューが非常に影響を受けた、このようなクラシックなフランスのオートクチュール職人たちに感謝したい。
私たちの作風は、ファッション・ジュエリーの最も商業的な製造や、数少ないがオートクチュール・ハウスにさえも、コピーされた。装身具の殆どの各側面が、コスチューム・ジュエリー産業に影響を与えた。形、テーマ、様々なスタイル、レジンという素材の使用、シュールレアリスティックな出典、その他多くの側面が。それは、ファッション分野のいかなる種類の商売をやっていた人たちにもビッグ・ビジネスをもたらした。

沢山の方法において、シュールレアル・ビジューは、その製品にスキャパレッリとの会話的要素を持っていた。あるものは、直接的に彼女のジュエリーからインスパイアーされた。例えば、コットン・ニットでできた「脚」のネックレス(半月系のコットン・ニットに金属製の小さな脚が沢山ぶら下がっている)のように。これは、スキャパレッリの1941年の作品、ウール・ニットに沢山の脚がぶら下がった「奉納品」ネックレスへの直接のオマージュであった。私のモチーフ、形、そしてテーマは異なっていたかも知れないが、それらへの手触りと感覚は同一だった。それらは、常にユーモアのタッチのある艶やかさを表現しており、ギミックではなく、シックさへの声明であった。

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フューシャピンクのコットン・ニットに金属製の小さな脚がぶら下がった「小さな脚たち」ネックレス(SW JAPANが国内で販売したもの)


当時のジュエリーは、全体として、シュールレアル・トレンドに寄り添うラインであった。
私たちのジュエリーが、1980年代のアクセサリーに影響を与えたように思える。カール・ラガーフェルドの椅子の形をした帽子から、ピエール・カルダンのルネ・マグリットからインスパイアーされた足の形をしたシューズ(因みに、彼とベッティーナは最初の一足を私に提供してくれた)。それはあたかも、私がスキャパレッリの芸術的感性を新解釈し、それをファッション・マップに置きなおしたからのように思えた。(渡辺純子 訳)
次回へ続く。

トップの写真は、「ジャンヌ・ダルク」ネックレスの一作品。1986年制作

Photo (c) BillyBoy* & Lala 2018. All rights reserved.

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http://www.fondationtanagra.com

ミドヴァニィに関する公式サイトは以下のものです。

http://www.mdvanii.ch/en/mdvanii/
posted by sumiko at 18:42| 東京 ☀| Comment(0) | BOOKS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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