2018年09月23日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(13) Surreal Bijoux - Mdvanii 13

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ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」( FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI) より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ」( Surreal Bijoux - Mdvanii) の翻訳です。



ペレストロイカ幕開けのロシアへ招かれて

「マン・オブ・ザ・イヤー1986」に選ばれてから程無く、ララと私は駐ロシア(当時はソビエト連邦」の英国大使を両親に持つ友人のフィオーナ・カートレッジによって、ペレストロイカ幕開け時代のモスクワへ招待された。そこでは私の展示会が開催され、私の仕事やアバンギャルドの歴史と革新的なコスチューム・ジュエリーについて、そして私にとって最も大事なスキャパレッリに関する一連のレクチャーをすることを要請された。殆ど全ての国の大使夫人たちが、このイベントに来てくださり、その後(意図的にではなく)、会場はシュールレアル・ビジュー・タッパーウェア・パーティーとなった。

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写真は、CITE INTERDITE (Forbidden City) 「紫禁城」と名付けられた重要なネックレス。1986年
Photo (c) 2018 BillyBoy* & Lala. All rights reserved.


更に当地では、驚くべき素敵な冒険もした。それはミセス・ザッチャーのロールスロイス(当時、ロシアではたた1台しか存在しなかった)に乗って、一般客が入れないように閉館されたミュージアムへ行ったことである。その時、私は1930年代のスキャパレッリの麻のサファリ・アンサンブルを着ていた。これはスキャパレッリによる数少ないメンズ・アンサンブルの一つであり、私がコレクションとして所有していたものだった。

又、私たちは当時のモスクワで唯一のオートクチュリエであったツェイセヴ氏に紹介された。私は彼にショッキング・ド・スキャパレッリのボトルをプレゼントし、そして彼のドレスを数着購入し、私のコレクションに収集した。因みに、私のコレクションには、私が英国で会った最も華麗で魅惑的なパーソナリティーの一人である素敵なレディ・カートレッジから貰ったいくつかのものも含んでいた。
(渡辺純子 訳)
次回へ続く。


Mdvanii and all related names and the name of BillyBoy* is the sole copyright and trademark of BillyBoy*, and used with permission click on this link for all copyrights information.

http://www.fondationtanagra.com

ビリーボーイのシュールレアル・ビジューのサイト ↓

http://www.mdvanii.ch/en/article/surreal-bijoux-en

posted by sumiko at 19:10| 東京 ☁| Comment(0) | BOOKS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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