2019年01月06日

コピーの出現とビジネスの曲がり角 Surreal Bijoux - Mdvanii (16)

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ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI) より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ」(Surreal Bijoux - Mdvanii) の翻訳です。


コピーの出現とビジネスの曲がり角

当時のパリで、もし貴方がファッション・デザイナーだとしたら、その成功の如何はセンティア地区(パリ2区にあり、歴史的に織物や衣料品製造の地区として知られる)で貴方のデザインがコピーされるかどうかで分かった。ここは一連の商業的な製造、大掛かりなスケールの既製服生産のオフィスがある場所であり、かつてスキャパレッリの店の職人だった人たちの多くが当時働いていた。センティエは、販売を成功させる可能性のあるいかなるものでも迅速に製造できる能力があることで知られていた。そこには多くのワークショップがあり、中国製というものは何もなかった。
シュールレアル・ビジューのデザインは、そこで容赦なくコピーされた。見かけはそっくりだが、味わいの薄められたオリジナルの猿真似の安っぽいマスプロダクションだった。私たちのデザインはコピーされる程、褒められ成功しているのだろうけど、私を常にムカつかせた。

全てがクリエイティブでなく、面白くない時期がしばらく続いた。それから私は、組織化された本物のビジネスをセットアップする方法を考えるようになった。私は真剣に新しいやり方を模索し、全てに挑戦した。しかし、それは巨大な学習曲線であった。もちろん、どんなビジネスにおいても常に沢山の仕事、又しばしば非常にうんざりするような作業、そして解決せねばならない多種の問題がある。私の父の言葉が、仕事と創作のこの新しい方法を探る初期の時代に、しばしば蘇ってきた。

この頃、シュールレアル・ビジューは日本で極めて成功し、注文が増えて行った。そしてそれらは私たちのアトリエで作られ、そこから出荷された。

話は変わるが、私たちのデザインを紹介するためのプレスの要望はとても印象的だった。ヴォーグやエル、マリークレールで働く女性たちは、何の事前通告もなしで、撮影の為の作品を選びにアトリエへやって来た。また他のプレスは、ただ電話してきて「ハイ!私たちは海をテーマにしたことをやっているの。ブルーのジュエリーが必要だわ。あっ、それから白いのもね。今日の午後届けてくれない?」といった勝手なことを言ってきた。ジュエリー創作において、最もフラストレーションを与えられる要素の一つは、全ての時間にそれらをいかに見せられるかを私がコントロールできないと分かることだった。
雑誌に掲載されたジュエリー作品はぼやけた色合いで、モデルの髪型や帽子の陰で目立たなかったり、また、時々、それらはショッピングバッグに放り投げられたり、私たちが包んだシルクペーパーがぞんざいに捨てられたりもした。こうしたことに対し、ララの激怒が終わることはなかった。
(渡辺純子 訳)
次回へ続く。

Photo (c) 2019 BillyBoy* & Lala. All rights reserved.

Mdvanii and all related names and the name of BillyBoy* is the sole copyright and trademark of BillyBoy*, and used with permission click on this link for all copyrigts information.

http://www.fondationtanagra.com

ビリーボーイのシュールレアル・ビジューのサイト

http://www.mdvanii.ch/en/article/surreal-bijoux-en

posted by sumiko at 18:16| 東京 ☁| Comment(0) | BOOKS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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