2020年01月29日

マイ・バタフライ・シスター Surreal Bijoux - Mdvanii 26

     RIMG3407 (2).JPG

ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI )より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ」の翻訳です。

マイ・バタフライ・シスター my "Buttefly Sister"

私の仕事を広める為に大きく貢献してくれた最も重要な人々の一人であり、かけがえのない友人そして味方だったのが、日本のスミコ・ワタナベである。36年以上、彼女は日本において私とララの仕事に関する非常に洗練されたショーを行った。彼女はシュールレアル・ビジューと私のスキャパレッリ哲学を広めてくれ、成功した。彼女は、私たちのジュエリーのディストリビューターであった、西洋のデザイナー、大部分はフランスのデザイナーの作品を輸入販売する専門会社ソー・インターナショナルに協力し、作品の魅力を周りに紹介した。

その後、彼女は全てのミドヴァニィ作品を扱うようになり、それは日本で本当に素晴らしい成功をおさめる。彼女が企画した素晴らしいショーと日本での販売ほど、私たちの仕事が理解されたことは一度もなかった。ララと私は、いつも私たちの作品の魅惑的なプレゼンテーション(カタログ)に感動して見入ったものだ。それは、私たちの芸術的な製品、装飾品、人形、絵画、ドローイングなどの細部まで丁寧に見せるものであり、ショーの時はセンス良くディスプレーされ、ショーケースに入れられることはなかった。何故なら、日本では誰も盗んだりしないから。

       edie show 1.jpgedie show 2.jpg
      東京・乃木坂で開催された「イーディ展」会場にて 1993年


スミコと私は最初から親しい間柄だった。私たちはお互いに愛情のこもった名前で呼び合った。彼女は私の「バタフライ・シスター」(蝶の姉さん)であり、私は彼女の「ドラゴンフライ・ブラザー」(トンボの弟)だ。私たちは更に、イーディッシュ語で「美しい」を意味する「シャナ shana」と顔を意味する「ピュニム punim」を使って、私は彼女を「シャナ」と呼び、彼女は私を「ピュニム」と呼ぶ。

          BB.jpgsumiko watanabe.jpg
パリのビリーボーイ&ララの自宅にて。左の写真 ビリーボーイ 右の写真 スミコ・ワタナベ 1992年


            RIMG3407.JPG
スイス・ローザンヌで開催された「ミドヴァニィ展」のオープニング・パーティーで。スキャパレッリ風の黒いドレスを着たビリーボーイ(右)とスミコ・ワタナベ(左) 2006年

(渡辺純子 訳)
次回へつづく

Mdvanii and all related names and the name of BillyBoy* is the sole copyright and trademark of BillyBoy*, and used with permisshon click on this link for all copyrights information.

http://www.fondationtabagra.com

ビリーボーイのシュールレアル・ビジューのサイト

http://www.mdvanii.ch/en/article/surreal-bijoux-en

posted by sumiko at 17:12| 東京 ☀| Comment(0) | BOOKS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。