2009年07月15日

プロトタイプ・ミドヴァニィ PROTOTYPE MDVANII

prototype mdvanii 1.JPG

今年は、ミドヴァニィ生誕20周年にあたる。
1989年、パリで生まれた彼女が人形界にデビューしたのは、アメリカのドール・コレクター向けの新聞においてであった。そこで、注文予約が大々的に行なわれ、実際、人形がコレクターの元へ届けられたのは翌1990年だったと思う。

どのような製品にも、「プロトタイプ」と呼ばれるものが存在する。つまり、原型とか試作品といった意味を持つものであり、正式に販売される以前のモデルであり、プロモーション用に使われることも多い。そして、コレクターにとっては、どのジャンルの人形においても「プロトタイプ」は垂涎の的。因みに、バービードールのプロトタイプは、コンディションの良いものなど、ひところ100万円以上で取引されていた。

ミドヴァニィにも、当然のことながら、「プロトタイプ」が存在し、それらは、上述の新聞や、その他の雑誌などの紙面を飾った。そしてそれらの殆どは、現在、ビリーボーイの作品を管理するスイスのタナグラ財団の永久コレクションとなっている。
今回、紹介するプロトタイプ・ミドヴァニィは、1990年3月にパリで、ビリーボーイから私に委ねられたもの。フランスのファッション画の大御所であった故ルネ・グルオウによるミドヴァニィのイラストのモデルとなったミドヴァニィである。真っ直ぐな黒髪ボブに、ターコイズ色のシルクのシースドレス(胸の下に黒いシルクのリボンのアクセントがついている)に、黒いベルベットのベレー帽。このスタイルは、ポスターやパッケージ、カタログなどあらゆるところに使われ、ミドヴァニィを象徴するイメージとしてすぐに定着した。

以下の写真左から、プロトタイプ・ミドヴァニィの全身像、ルネ・グルオウによるミドヴァニィのイラストがプリントされたオリジナル・ボックス、ボックスの下に記されたビリーボーイによるプロトタイプの証明。

prototype mdvanii 3.JPG prototype mdvanii 4.JPG prototype mdvanii 5.JPG

下の写真は、当時のビリーボーイとスミコ・ワタナベ。姉弟の誓いをしたところである。背景にうっすらと写っているのは、アンディ・ウォーホルがビリーボーイの為に描いたバービーのポートレート。

bb and sw.JPG

それにしても、このプロトタイプ・ミドヴァニィ、ヘアースタイルと平面的な顔立ちのせいか、かなり東洋的な印象を与える。日本へ連れ帰り、雛人形たちと並べてみても、全く違和感がなかった。パリで生まれたれっきとした西洋の人形なのに・・・。作者のこのセンスと発想は、一体どこから来たのであろうか?断っておくが、決して日本人である私の影響ではない。このことを一度、ビリーボーイに聞いてみたことがあった。彼の答えは、ステレオタイプのブロンド美人への反感がひとつの理由であったという。そして彼は、ミドヴァニィの創作コンセプトの第一番に「インテリジェンス」を掲げた。彼らしい、理想の女性像のコンセプトであった。そして、第二番目に「ビューティー」、三番目に「エレガンス」と続けた。そしてこれらの三つの柱によってミドヴァニィの成長が図られたのであった。

prototype mdvanii 2.JPG

因みに、このプロトタイプ・ミドヴァニィは、1990年、日本の雑誌「オリーブ Olive」で初めて国内に紹介された。当時のことを記憶されている方には、懐かしく思われることだろう。

さて、SW JAPANでは、毎年夏に恒例のミドヴァニィ・メール・オークションを行なっている。今年は、ミドヴァニィ生誕20周年を祝う意味を込めて、特に充実した品揃えとなっており、1990年に日本へ上陸したレジン製の最初期のミドヴァニィたち(以下の写真のもの)も何体か含まれている。

place de tertre.JPG place de concorde.JPG panache.JPG

写真左から、「テルトル広場 Place de Tertre」、「コンコルド広場のクリヨン Place de la Concorde, Crillon」、「パナシュ Panache」。

オークションの入札締切日は、7月20日(祝)海の日の真夜中12時。
ご興味ある方には、カタログをお送りしますので、当ブログの管理人又は、下記のメールアドレスまでご連絡ください。


info@swjapan.net

Photo (C) Sumiko Watanabe

Mdvanii and all related names and the name of BillyBoy* is the sole copyright and trademark of BillyBoy* and used with permission click on this link for all copyright information.

http://www.fondationtanagra.com

posted by sumiko at 01:48| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | Mdvanii from Paris 1990 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月13日

スキャパレッリの店で Chez Schiap

chez Schiap 3 small.JPGchez Schiap 2 small.JPG

ショッキング・ピンク」で有名な奇想とエレガンスのファッション・デザイナー、エルザ・スキャパレッリ。1927年、パリ・モード界にデビュー、コクトーやダリらと親交を持ち、シュールレアリスム・アートと共謀した作風が特徴だった。

ビリーボーイは、スキャパレッリの熱狂的なファンであり、研究家としても知られている。又、自らを「スキャパレッリの精神的な息」と呼んではばからない。

その彼が、自身の人形ミドヴァニィに、スキャパレッリのエッセンスを込めて初めて作ったのが、この「スキャパレッリの店で Chez Schiap」(1990年)である。

やや長めの黒髪ボブにローズ色の唇を持つミドヴァニィが、フューシャ・ピンクのローシルク製のフィッシュテール・イブニングドレスに鮮やかなグリーンのローシルクのロングストールをまとい、金糸やクリスタル、ラインストーンがびっしりと刺繍された長い手袋をはめ、写真では見えないが、ピンクのシルクのストッキングにピンクのハイヒール・パンプスをはいている。

フューシャ・ピンクとビビッドなグリーンという補色関係のカラーコンビネーションが、目に鮮やかで、非常に美しい!
ふと、ツツジの花を思い出してしまった。

やや凄みのある妖しい眼差しは、初期レジン製作品の特徴である。

個人蔵

Mdvanii and all related names, and the name BillyBoy* is the sole copyright and trademark of BillyBoy* and used with permission click on this link for all copyright information.

http://www.fondationtanagra.com

続きの画像へ
posted by sumiko at 00:00| Comment(3) | TrackBack(0) | Mdvanii from Paris 1990 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月03日

Mdvanii from Paris 1990 前衛芸術画廊

gallery 7.JPGgallery 3.JPG

ニューヨーク時代のビリーボーイについては、故アンディ・ウォーホルが、「ウォーホル日記」(日本語版 文春文庫)の中で、あきれるばかりのエピソードをいくつも書いている。
10代で自分のオートクチュール・メゾンを持ち、ウルトラ・アバンギャルドなファッションを作っていた彼は、当時からマスコミの寵児であった。
彼の作品は、世界の美術館からも注目され、何点かのドレスがパリのルーブル美術館の服飾部門の永久コレクションとなった。

「前衛芸術画廊」ミドヴァニィが着ている水色の地にポップな柄がプリントされているシースドレスは、ルーブル美術館に収蔵されているビリーボーイのドレスをミドヴァニィ・サイズに縮小コピーしたものだ。赤又は、水色のコーデュロイのテーラード・ジャケットと黒いスエードのベレーなどとコーディネートされている。

ジュエリーは、ビリーボーイのシンボル、「グーン」(ジンジャー・ボーイとよく似ている)を、やはりミドヴァニィ・サイズに縮小したもの。

この作品は、10体限定制作され、各作品に、フランス人画家スカールの肉筆画が含まれることが呼び物でもあった。絵は全て異なり、タツノオトシゴとトカゲがレリーフされた金属製のフレームに入れられるという凝り様だった。

黒髪ボブ、細く弧を描く眉、真紅の唇、一種の凄みさえ感じさせるミステリアスな眼差しなど、初期の典型的な美人ミドヴァニィである。


Mdvanii and all related names, and the name BillyBoy* is the sole copyright and trademark of BillyBoy*, and used with permission click on this link for all copyright information.

http://www.fondationtanagra.com

続きの画像へ
posted by sumiko at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Mdvanii from Paris 1990 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月20日

Mdvanii from Paris 1990, Fraise Melba フレーズ・メルバ

fraise melba card small.JPG

夕陽を浴びたアレクサンドル3世橋を背にして立つ情感たっぷりのミドヴァニィ
パリの歴史とロマンを映し出したような彼女の顔の美しさに息を呑む。それは、若さを売り物とする美しさとはレベルが違う精神的に成熟した大人の女性の洗練された美しさである。

彼女のヘアースタイルのせいだろうか、日本人女優・岸恵子のイメージと重なってしまう。53年前、東京の数寄屋橋の上で、春樹と命を助け合った「君の名は」の美女は、今、パリのアレクサンドル3世橋のたもとで、パリジャンの若い恋人を待っている・・・・なんていうのは、想像し過ぎだろうか?

Fraise Melba, 「フレーズ・メルバミドヴァニィ、彼女がまとうのは、ビーズとスパンコールと金糸で刺繍された飛び切りグラマラスなイブニングドレス。
ミッドナイト・ブルー、フューシャ・ピンク、ターコイズ・グリーン、シルバーグレーなどのカラー・バリエーションがあり、マッチした色のロング・ストールと長い手袋などがコーディネートされていた。このようなドレスの場合、ネックレスはつけないのがシックだ。なぜなら、ドレスのゴージャスな刺繍とぶつかってしまうから。

ヘアースタイルは、オールバックの人毛のウィッグの上に、更に、セミロングの人毛のフリップヘアーのウィッグを重ねて被っている。ミドヴァニィのヘアー・デザインは、最初のものから、全て、パリ美容界の大御所であるアレクサンドル・ド・パリ(数年前に引退)が手掛けている。
因みに、この写真は、1992年3月に横浜人形の家で開催した「ミドヴァニィ・ドール」展の案内ハガキに使ったもの。良き思い出が一杯詰まっている記念すべき1枚だ。

写真:ビリーボーイ Photo copyright of BillyBoy*

Mdvanii and all related names, and the name BillyBoy* is the sole copyright and trademark of BillyBoy* and used with permission click on this link for all copyright information.
http://www.fondationtanagra.com

続きの画像へ
posted by sumiko at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Mdvanii from Paris 1990 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月15日

Rue de Castiglione and Panache 「カスティグリオン通り」と「気取り」

rue de castiglione small.JPGpanache small.JPG

豪華ホテル「インターコンチネンタル」があることで知られるカスティグリオン通り
そこは、"Panache" 「気取り」と「虚栄」の大通りでもある。

写真は、1990年秋に第2弾として日本へ上陸したミドヴァニィのモデルたちだ。
上が、「カスティグリオン通り」と作品タイトルをつけられたミドヴァニィ。
パリ・オートクチュールの香りが濃厚に漂うウエストをしぼったアブサングリーンのクラシックなスーツを着ている。ジャケットには、ショッキングピンクのシルクの裏地が付けられていて、非常にスキャパレッリ的だ。羽根飾りとチュールレースのベールが付いた黒いシルクのトークハットが、ミステリアスな雰囲気を演出している。

下は、「気取り」あるいは「虚栄」と題されたミドヴァニィ。
エスプリの利いたネーミングのセンスは、いかにもビリーボーイらしい。
ターコイズブルーのシルクのシースドレスにベレー帽というスタイルは、この頃既に、ミドヴァニィの基本イメージとして定着していた。シースドレスのうえには、滑らかなブラックサテンのクラシックスタイルのコート。もちろん、ジュエリー、黒いシルクのストッキング、ハイヒール、ハンドバッグも忘れない。仕上げにパフュームをひと吹きすれば、完璧だ。

2人のミドヴァニィは、クラシックなフラットを出て、「気取り」と「虚栄」に満ちた「カスティグリオン通り」へと向かう。

写真:ビリーボーイ Photo copyright of BillyBoy*

Mdvanii and all related name, and the name of BillyBoy* is the sole copyright and trademark of BillyBoy* and used with permission click on this link for all copyright information.
http://www.fondationtanagra.com




続きの画像へ
posted by sumiko at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | Mdvanii from Paris 1990 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

Mdvanii from Paris 1990, Petite Ecolier パリ・モンマルトルの1月

petit ecolier small.JPGpetite ecolier small.JPGschaparelli small.JPG

冬晴れの青い空、白いサクレクール寺院をバックにモンマルトルの坂道を歩いているのは、"Petite Ecolier" (可愛い学生さん)ミドヴァニィだ。

今から22年前、私は、サクレクール寺院のあるモンマルトルの丘のふもとのアンドレ・デル・サルト通りに住んでいて、フランス語の学校へ通い、放課後は、しょっちゅうモンマルトルをほっつき歩いていた。
このミドヴァニィを見ていると、そんな昔の日々を思い出す。但し、私は彼女のように格好良くはなく、黒髪ボブということを除いて共通点なかったが・・・。

この作品は、スキャパレッリが使用したものと同じ素材の赤・黄・緑・黒のチェックのファブリックがジャケットに使われているのが見所である。そのジャケットのしたは、スカート部がフレアのグリーンのローシルク製のくるぶし丈のワンピースドレス。黒いスエードのベレー帽を被り、ハンドバッグと傘を手にしている。パリジェンヌらしい何ともお洒落な学生さんだ。

参考まで、1939年にスキャパレッリがカチャプオッティ侯爵夫人のためにデザインしたドレスの写真もアップした。
ビリーボーイは、スキャパレッリ研究の第一人者であり、スキャパレッリ・ファブリックの大コレクションを所有している。それらを、ミドヴァニィのため利用することもしばしばだ。

因みに、"Petite Ecolier"ミドヴァニイは、日本へ来ることはなかった。いまでも、モンマルトルを歩き回っているかも知れない。

Photo by BillyBoy*
スキャパレッリのドレスの写真は、1984年にパリで開催された「オマージュ・ア・スキャパレッリ」展のカタログより。

Mdvanii and all related names, and the name BillyBoy* is the sole copyright and trademark of BillyBoy* and used with permission click on this link for all copyright information.
http://www.fondationtanagra.com


続きの画像へ
posted by sumiko at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Mdvanii from Paris 1990 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月08日

Mdvanii from Paris 1990 パリの思い出と初めて見たミドヴァニィ

resin mdvanii 6.JPGresin mdvanii 2.JPG

私がビリーボーイ&ララと知り合ったのは、1984年〜18985年、パリで人形鑑定士F.テメールのもとで修行を積んでいた時代だった。

ビリーボーイは、アンディ・ウォーホルと離れ、1980年代初めにニューヨークからパリへ渡って来たばかりで、まだフランス語がうまくなかった。一方のララは、生粋のフランス人であり、当時、パリのゲイ・ワールドの中心人物の一人として知られていた。彼らは、モンマルトル墓地の近くのアパルトマンに住み、シュールでポップなコスチューム・ジュエリーをデザイン制作していた。折りしも、それらが、ティエリー・ミュグレーのコレクションで披露され、パリ・ファッション界で注目を浴び始めていた。

私は、前述のF.テメールから彼らを紹介され、人形好きのビリーボーイと特に仲良くなった。彼も私も、同じくらいフランス語がしゃべれず、英語で会話をすることができる数少ない相手だったからだ。

私がパリに滞在していた1984年〜85年に、ビリーボーイのバービー・ドール・コレクションによる「ザ・ニュー・シアター・オブ・ファッション」展、そして、やはりビリーボーイのコレクションを中心とした「エルサ・スキャパレッリ」展が開催され、ビリーボーイは、ジュエリー・デザイナー、人形史家、ファッション史家として知名度をぐんぐん上げていた。そして1986年には、ロンドンのオブザーバー新聞に「マン・オブ・ザ・イアー」として選出されるまで、彼のユニークなキャラクターと才能は開花していった。


その彼が、1989年、自分の人形を作ると言ってきたのだ。そして、1990年3月、私は、それを見せてもらうためパリで飛んだ。
彼らの新しい住まいは、クラシックなフラット。数年前のロフト風アパルトマンと比べると数段の出世ぶりである。

ここで、初めて目にしたのが、写真のミドヴァニィたちだ。
人形の材質は、硬質樹脂のレジン。身長は約25cm。ここまで人形のためにするのかという位、質の高いオートクチュール・ドレスをまとっている。人形の黄金時代を築いた19世紀のフレンチ・ファッションドールを除いて、このようなクオリティーの人形を私は見た事がなかった。また、人形の髪に、本物の人毛が使われていたのも驚きだった。多くが、黒髪のボブ又はブルネットであり、彼女たちの顔にはどこか東洋的なムードが漂っていた。
何と美しく、カッコイイ!!!これは、人形のルネッサンスではないか!
私は瞬時に魅了され、この美の女神たちを日本で紹介したいと、ビリボーイに申し出た。

Mdvanii and all related names, and the name BillyBoy* is the sole copyright and trademark of BillyBoy* and used with pertmission click on this link for all copyright information.
http://www.fondationtanagra.com


続きの画像へ
posted by sumiko at 00:00| Comment(3) | TrackBack(1) | Mdvanii from Paris 1990 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする