2017年12月28日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(8) Surreal Bijoux - mdvanii 8

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ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI)より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニイへ」(Surreal Bijoux - Mdvanii) の翻訳です。


チーム・メンバーたち

シュールレアル・ビジューのオリジナル・メンバーは、ララと私以外4人のスタッフで構成されていた。
ジェーン:私のアシスタント。彼女は非常にうまくジュエリーを身に着け、どこへでも私に随行した。
ビル・アンダーソン:彼はララの友人であり、背の高いアメリカ人。ペインターとして才能を発揮し、とても好人物だった。
シャンタル:彼女はララの高校時代の仲良しであり、彼女の父親がコミュニストだった。彼女はララのアシスタントで、総合的な秘書としての役目を担った。
ナタリー:彼女は、マドンナの「スーザンを探して」(1985年のアメリカのコメディ映画)のマドンナとそっくりだった。全てにおいて無知。私は何故ララが彼女を雇ったのか手がかりがない。しかし、彼女は魅惑的でユーモラス、しょっちゅう色々な事に関して面白いコメントをパリジャンのスラングを駆使して発した。ララは結局、2〜3ヶ月後に彼女を首にしなければならなかった。というのも、彼女はロサンゼルスに住んでいたボーイフレンドへ頻繁に長距離電話を掛け、そして彼女は激しく否定したが、トイレでドラッグをやっていたからだ。ある日、私がアメリカかロンドンからの旅から帰ってきた時、彼女は、もはやそこにはいなかった。

その後、すぐにララはパリのジュエリー・スクールから来た新しい3人をスタッフに迎えた。彼らは学校で習得したスキルやテクニックを持っていたが、そこでは教わることができなかった何かをシュールレアル・ビジューを作るために適合させねばならなかった。全てがハンドメード。ララによって作られるプロトタイプからの金型でさえも。
ユゼフ:彼はカビール(アルジェリアの高地地方)出身で、私たちのアトリエで働いた。彼について、私たちは前もって唯一、ある有名な高齢男性作家が遊び道具にしていた青年の従兄弟であるということのみ知っていた。ユゼフは本当にチャーミングな人物であり、優しくて、親切、ユーモアがあり、優秀な仕事人だった。そして、彼は多くの技術的な問題の解決方法を見出した。彼は長年、私たちの為に働いてくれた。

私たちは沢山のアシスタントを持ち、彼らは皆快活だった。
かなり陽気で少し腕白なスティーブという名の若者は、とても背が高く、ブロンドのロングヘアーのアメリカ人。彼は、『シャンバラ』(理想の仏教国)に於ける北欧のエイリアンといった感じだった。しかし、彼は実際とても腕白な若者で、私を容赦なくからかった。アパートに隠れていて、突然、私を目掛けて飛び出して来たり、私が受け取った手紙に、楽しい返事を書いたり・・・・・。彼は私の通信係だった。そして、秘書を含む幾つもの仕事をこなした。又、必要な時には、私に成り代わって電話で応対してくれた。
ララと私の周りには、沢山の素晴らしい、そして、とても可愛い、いつもお洒落な恰好をしたフランスの若者たちがいた。そして各人が何か特別な才能を持っていた。

ジャッキーは、ブルネットの髪をした若者で、非常に良く働き、チームにとってとても信頼のおける人物。彼は常に冷静で、思いやりがあり、感じが良かった。
ジャン・マルクは、全く驚嘆すべきフランスの若者であり、ポップアート・カルチャーとフランスの芸術文化に精通していた。彼は『キャンプ』の権化であり、ニューヨークの「ザ・ハウス・オブ・アビアス」の舞踏室シーンの一部と言っても良い程だった。彼は長年、私たちの為に働いた。そして彼のボーイフレンド、黒縁のメガネを掛けた愛らしい若者は、私がショーや展示会を行った時、手伝ってくれた。彼らは私とよく旅行もした。私は今なお、彼とは友達である。
エドワード・ヘミングウェイ:有名な作家の孫息子だ。意欲的なアーティストであり、当時、私たちのチームに良いフィーリングをもたらした。その後、彼は素晴らしいドローイングに専念し、又、子供向けの本の仕事をするため、チームを離れたが、彼と私は、今なお、変わらぬ友人である。
それからリッキー。彼は歩く英語と映画文化の辞典のような人だった。そして彼はランチをこよなく愛していた。なぜなら、美食家だったから。ノルマンディーの我が家において、彼は、ララがランチの為に作ったフラン(チーズクリームと果物などを詰めたリング状の底のないタルト)や様々なチーズ料理に舌鼓を打った。彼は私の秘書であり、友人だった。

年月を超えて多くの人々が私たちの周りにいた。そして私は、彼らの殆どと相変わらず友達である。彼らは皆、本当に素晴らしい何かを私たちのチームにもたらしてくれた。(渡辺純子 訳)
次回へ続く。

トップの写真は、ダリからインスパイアーされたスキャパレッリの帽子を被ったビリーボーイのアシスタントだったジェーン(1984年にパリのモードとコスチューム美術館で開催されたスキャパレッリ展の図録より)

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2017年12月11日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(7) Surreal Bijoux - Mdvanii 7

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ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI)より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ」(Surreal Bijoux - Mdvanii)の翻訳です。

パリのラペ通り

ララと私は「ビリーボーイ・シュールレアル・ビジュー」BillyBoy* Surreal Bijoux と名付けたアトリエ、オフィス、ショールームをラペ通り6番地にオープンした。そこは、かつてスキャパレッリがパリで彼女のキャリアをスタートさせたラペ通り4番地のすぐ近くであった。私たちの新しいアドレスは、カルティエ、ブシュロン、メレリオ・ディ・メレー、ヴァン・クリーフ&アーペルといった高級ジュエリー店が立ち並ぶ通りであるという素晴らしいロケーションだった。コスチューム・ジュエリー・デザイナーが、あえて、この特権的な地域に店を構えることは、かなり厚かましい。

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仕事部屋は2階にあり、古いパリ様式の階段を上って行かねばならなかった。何の装飾もない、只4つの部屋だけ。しかし、それを手に入れたことは信じられないようn幸運であり、私にとって、スキャパレッリからの時空を超えたウィンクのように思えた。私たちは、これらの部屋を黒と白のリノリウム・タイル、少しぐらつくアールデコ・テーブルとイスなどで飾った。僅かにアンティークな雰囲気で、変打法的。又、初期のイケアの家具も、何故なら、それらの黒い机は、スキャップ(スキャパレッリのブティック)のスタッフがかつて使用していたものを連想させたからだった。(渡辺純子 訳)
次回へ続く。

トップの写真は、ビリーボーイが1980年代後期に制作した「メエ・ウエスト」と名付けられたネックレス。

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お知らせ
ビリーボーイの肉筆絵画「未来の内観的ミドヴァニィ女性たち」THE INTROSPECTIVE MDVANII WOMEN OF THE FUTURE のセールをいたします。
ご興味ある方には、カタログをお送りいたしますので、当ブログ管理人までご連絡ください。

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2017年11月25日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(6) Surreal Bijoux - Mdvanii 6

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ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI) より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィまで」(Surreal Bijoux - Mdvanii) の翻訳です。

カラフルで皮肉たっぷりのガラクタがインスピレーションを与えた

私たちの仕事には、様々なものからの影響が満ちていた。多くの1960年代ポップ・カルチャーとの関連がある。例えば、ファニーフェイスの飲料キャラクターのグーフィ・グレープとチュウチュウ・チェリー、トロール・ドールズ、ガンビィとポーキーズ、スー博士と彼の世界など。又、素晴らしくキュートなハスブロ玩具社の「ペティーナ」(プードル犬のファッションドールで、イブ・サンローランのモンドリアンドレス等お洒落な衣服を着ていた)、そして「マイ・リトル・ポニー」のフィギュアたち。ハンナ・バーベラ漫画ショー・スタイルの厚紙でできたドールハウス「フリンストーン・ハウス」の陽気でキャンプな雰囲気。そして、ルーブ・ゴールドバーグ・スタイルのネズミ取り罠ゲームは、私たちの創作品に奇妙な新しい方法の型を運んできた。様々な場所、全ての時代、どこででも、至る所からのカラフルで皮肉たっぷりのガラクタは、等しく、私たちに創作の霊感を与えてくれたのだ。

世界的に賞賛されていた馬を専門とした畜産家であったアレク・ヘッドに、光栄にも、ノルマンディーにある彼の有名な馬小屋でランチをご馳走になった時、私の創作魂は、ヘルメスのものとはどこも似ていない一風変わった女性騎手(サーカスで馬に乗って曲芸する芸人)に関連するイメージを捉えた。

これらの美しい物事の全てが、熟考され、冗談をかわし、そして、それらは愛情に満ちた、持続性の高い方法によって、あらゆる性質の物の中へ形作られ、容易には理解できない思考のひとつの大きな混合の中へと包み込まれたのだった。シックというテーマは、又、遊びの中からやって来て、変化するイメージの辛辣なトリップの中に歪められて包含される。私たちの創作にとって、大き過ぎる、飾り立て過ぎる、奇妙過ぎるものは何もなかった。私たちの作品を見て、最初のショックが消えた後、人々は私たちの仕事を理解してくれたように思えた。それが本当であろうと、何であれ、私は幸せだった。多分、この時代は、このようなクレージーな物が、世界中のアーティストと職人たちによって作られ、価値を認められた最後の時代ではなかったかと、私は思う。今日、ダークな考えが全ての領域で幅を利かせているが、私たちの作品は、昔も今も、非常に大きなポジティブな波動を送っている。なぜなら、それらは幸福と愛によって作られているからだ。そこには、時々、悪意や悪魔との関連があるかも知れないが、それは、ちょっと、仄かにスパイスを使ったようなものである。(渡辺純子 訳)
次回へ続く。

トップの写真は、"Safe Sex" (セーフセックス)と名付けられた1987年〜1988年の作品。ニューヨークのバーニーズの展示会の為に制作したもの。

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ビリーボーイのコスチューム・ジュエリー作品5点が、先日、クリスティーズのオークション「ジュエリーとしてのアート」に出品され、ロンドンのプレスで大評判でした。以下のサイトをご覧ください。

http://www.townandcountrymag.co.uk/style/accessories/christies-launches-art-as-jewellery-sale

http://www.vogue.co.uk/article/a-warholian-tale-of-art-as-jewellery

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2017年11月16日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(5) Surreal Bijoux - Mdvanii 5

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ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI)より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィまで」(Surreal Bijoux - Mdvanii)の翻訳です。


オーブンでジュエリーを焼く

我が家のオールド・ファッションのキッチンで、私たちはジュエリーを作るための真新しい実験をしていた。それは、より装飾品やオブジェ、グリ・グリに関連させた方法によってであった。最初、プラスターを使った。そして、それを、画家スーラが絵を描いていた地として知られるパリ近郊のブージヴァルのイル・ド・ラ・ジャットにあるチャリティー・ショップ「エマオ」で、最初の道具として購入したスイスのルレーブ・オーブンで焼成することを試みる。その結果は、私たちが意図したものにはならなかったが、焼き上がったプラスターは何とも可愛らしく、面白い質感が出ていた。このオーブンでジュエリーを焼くということが、プレスや、私たちの製品のファンから魅惑的だと注目され、ジュエリー制作についての一種の神話が生まれた。

私たちは、ジュエリー、オブジェ、像、そして装飾品といった各ジャンルの間を漂うような、言葉で言い表せない変わった一点もののアイテムを作り出すために、人造宝石やラインストーン、木、偶然見つけたもの、ガラス、金属、やや高価な石、そして貴石など様々な素材を使った。私たちは、クリニャンクールの蚤の市によく通ったものだ。この驚嘆すべき場所には、全ての種類のビンテージ・ビーズが沢山あり、ルーマニア人の姉妹によって売られていた。その品揃えの多種多様性にはビックリさせられる。又、ビーズと小石は、ゴブレット(小さなプラスチックのカップ)に一杯で幾らというように売られていて、お客はゴブレットに好きなビーズや小石を選んで入れる。あっという間に、誰でも、この宝捜しの為にコインを使い果たした。私たちはジャムのジャーを持って、そこに頻繁に出かけて行き、それに一杯になるまで宝物を買い漁ったものだ。因みに、このジャムのジャーには、過去数十年を通して使っていた貴重なストックが入っていて、それらを組み合わせることは本当にスリリングであった。そしてそれは、私たちの創作における重要な役割を担ったのである。(渡辺純子 訳)
次回へ続く。

トップの写真は、"Rakham Le Vert" 「緑色のラクハム」と名付けられた様々なビーズや小石をつかったペンダント・ネックレス。「ラクハム」とは、フランスの人気コミック「タンタン」に登場する海賊の名前。海賊の刀をイメージした作品。

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2017年11月05日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(4) Surreal Bijoux - Mdvanii 4

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ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI)より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィまで」(Surreal Bijoux - Mdvanii)の翻訳です。

「モダニズムはとっくの昔に死んだ - ビリーボーイの構成主義・超シュールレアリスム宣言

当時、私は、西洋社会の一員である私という人間の本質が、着用する人を不吉なことから守り、光と愛の極致を求める人を励ます「グリ・グリ」やお守りや魔除けの利用の仕方を忘れてしまったと感じていた。そして、そういう力を持っているのはお守り自体ではなく、その物を作る精神なのだと、私は信じた。そしていまでも相変わらず、そう信じている。私たちは不思議な力を持つ。私たちは、それらの願望を伝えるエネルギー体なのだ。

私は同時に、又、私たちが生きているこの時代、1980年代初頭が、「モダニズム」の誤った考えによって鈍くなっている事実に気づいたことをララに訴えた。1910年代に生まれ、1940年代に絶頂を迎えた「モダニズム」の概念は、既に何十年も前に死んだということを誰も語っていなかった。そうではないか?コスチューム・ジュエリーは、安っぽい金メッキによる決まりきったやり方で作られるようになり、鈍感で平凡なものになった。そう、私は、人々にそのことが理解され、よく知られるように、私の制作方針をより明らかにし、魔術崇拝的な装身具やお守りのコンセプトを作ることを試みる。私は、自分自身が「ザ・サマーランド」にいて、それらを身に着けているのを想像した。こうした想像の中で、私は実に子供っぽく、真剣だった。しかし、それは私の心の底からストレートに湧き出て来るものであった。

私はシュールレアル・クチュールで、相変わらずアンティークの服を着て、ヴィンテージ・ドールを収集していた。又、私は相変わらず、いつもフォーカスしている全ての興味あることをやっていた。それらは「ビリーボーイの構成主義・超シュールレアリスム宣言」の拡張として。しかし、又、それを発展させたバージョンであり、私の人生において最初の本当の愛を込めたものとして。それは私にとって素晴らしいことだった。なぜなら、私が作った物にコンタクトしてきた人々の正しい理解が、それはあたかも、世界が一歩一歩良い方向へ変化して行くように感じられたからだ。又、私は、ソウルメイトであり、偉大な変革者であるパートナーを持っていた事実に、スーパー・ハイな状態になっていたと思う。それは、私にとって、これまで一度も経験したことのない感覚であった。(渡辺純子 訳)
次回へ続く。

トップの写真は、ビリーボーイが1986年に制作した「ベトラヴィサン」"Betteravissant" と名付けられたネックレス。意味は「うっとりするようなサトウダイコン」。

◎只今、クリスティーズのオークションで、今回の写真の作品を含むビリーボーイのコスチューム・ジュエリーが数点出品されています。アーティストが作ったコスチューム・ジュエリー特集であり、パブロ・ピカソ、カンディンスキー、サルバドール・ダリ、マックス・エルンスト、その他の作品も。
以下のサイトでご覧になれます。

https://onlineonly.christies.com/s/art-jwellery/billyboy-b-1960-4/50152

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2017年10月30日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(3) Surreal Bijoux - Mdvanii 3

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前回に引き続き、ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI)より、第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィまで」(Surreal Bijoux - Mdvanii)の翻訳です。


「ザ・サマーランド」と「グリ・グリ」

私とララが共同制作で生み出した創作品は、私にとって儀式のオブジェと言って良かった。各作品が、私の個人的な何かを意味しており、それらが世間で人気を呼ぶかどうかは本当に分からなかった。私は、それらを「グリ・グリ」(お守り、又は魔除け)と呼び、魔術崇拝や神智学、最高善、そしてカバラなどへの私の考えと結びつけていた。これらの精神的イデオロギーは、私の母の深淵な思考に影響されたものであり、私はそれに感謝している。又、「ザ・サマーランド」(The Summerland)という概念も彼女から終わることなく聞かされ、それは私の脳内に完全に植えつけられた。そして、この「ザ・サマーランド」とは「安楽の偉大な源泉」であると私は解釈した。そして、それが、私に絶えず、多くの死んだ友人や仲間があの世で平安な居場所を見つけられるようにと祈りの行動を起こさせたのだ。
「グリ・グリ」は象徴的な創作品であり、明らかに私にとって重要な表現であった。それらは、ネックレスやブローチ、ドレスやチュニックに変化させられているけれども、人々の身体に付けられたとき、魔法のような不思議な力が吹き込まれる。又、私は、それらを魔術崇拝やカバラ、そして最高善の、明るくカラフルなポップアート・バージョンだと見做していた。

私はララの為に、とても古いラインストーンで彼の名前を形作り、ベルエポック風の金メッキをした三日月型の鏡をつけたブレスレットを作った。それは幸運と愛のお守りとして、魔法の鋳造を施したものだった。彼が、それを身に着けた時、多くの人々がどれほど注目し、自分にも作ってもらえないかと尋ねてきたのには驚かされた。果たして、それがお世辞だったかどうか分からないが、あまりに多くの人々が、そのブレスレットを欲しがったように見え、私は当惑したものだった。しかし、そうした人々の反応は、私の作品が、俗悪な商業主義とイコールである一般大衆にアピールしたというサインではないと理解し、嬉しく受け止めた。

その当時の私の年齢や生活を想い起すと、私の感情はしばしば極端であり非常に白黒がはっきりしていたように思う。しかし、同時に、私は理解するのは容易いことではないが、物事には、もっと深い内面があることに気が付いていた。つまり、人生のグレーの領域にある沢山の物事に気付けないままではいたくなかったのだ。そして、自分の感覚の中間的なグレーの領域の全てを見ようと試みる。人が考え、行う全ての微妙な側面について考えること、それは日々に魅力的な発見をもたらした。私はララに聞いたり協力を求めたりする必要もないくらい自然に一緒に、私は地球上の暮らしの基本的な日々の事柄、例えば、決まった時間に食事を摂ることや、誰かを居心地良く泊めることなどについて、より多くを理解するようになった。そして私は、完全に多くの素晴らしい、新しい方法に順応して行った。(渡辺純子 訳)
次回へ続く。

トップの写真は、「ザ・サマーランド」をテーマにしたミドヴァニィ。The Summerland Mdvanii 2017.

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2017年10月18日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(2) Surreal Bijoux - Mdvanii 2

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前回に引き続き、ビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリ研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI)より、第15章「シューレアル・ビジューからミドヴァニィまで」(Surreal Bijoux - Mdvanii)の翻訳です。

エイズの恐怖

真に私が考えていたのは、自分の仕事が何よりも、誰が思うよりも、高いところを目指すということだった。ララと共に私は一層やる気に満ちて、まるで一心同体となって邁進した。それは、初めて味わう満足と挑戦と幸せの深い感覚だったと思う。万事がうまく行って、面白く、心配事など一つもなかった。

只、勿論、私は相変わらず精神安定剤の「バリアム」を飲んでいたし、時折リッツやハリーズ・バー、マレー地区の新しいゲイ・エリアにある新しいゲイ・カフェの片隅で、カクテルを飲んで酔っ払いフラフラになっていた。それは私にとって本当に素晴らしい時間だったが、それは同時に、エイズという新しい災難の恐怖と隣り合わせでもあった。そして私は、この時代の中心的な話題であった破壊的な恐ろしい病気の存在に、シュールな雰囲気を感じていた。又、この病気について大部分を義理の弟から教えてもらい、その逃れ難い苦境のドミノ倒しの様な直進する時間を感じた。私はララに「直進する時間が、その忌まわしい時間自体をすっ飛ばして進んで欲しい」と言っていたものだった。というのも、エイズという時代を震撼させた病気についての多様なレベルの理解の仕方が評価されなかったのと、その窮状がとても直進的で永続的に思えたからからだ。シックな黒い服を着てディスコへ踊りに行っていた人たちが、急に喪服の黒い服を着るようになるという、直進的な終わりのない測り知れない悲しみに、本当に絶望を感じた。ディスコは消滅した。耐え難い突然の死。沢山の最愛の友達や、各分野の魅力的な専門家だった知り合いたちが次々に死んでいった。そして、それらは私の心に絶えることのない制作上の主題を作った。

ゲイ活動家である私の義理の弟、ディディエ・レストラード(ララの実弟)、彼は私がエイズ撲滅運動の活動に参加しない理由について不平を言った。私は、体力的に、彼がしていたような闘いに耐えられないことを知っていたからであり、しかし、全く別の方法で、私はそれをやっていたのだが。彼には、私が能天気な人間に見えたようで、それが彼をイライラさせたようだった。後に彼は、数冊ある著書の一つの中で、当時、私といかに付き合うか葛藤していたことや、彼が兄のララを敬慕していたこと、そして私がララを幸せにしていたことなどが、とても明るく語られていた。次回へ続く。(訳 渡辺純子)

トップの写真は、ビリーボーイが1989年に制作した「デム・ボーンズ」(Dem Bones)と名付けられたネックレスとイヤリングとブレスレットの3点セット作品。

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2017年10月12日

シュールレアル・ビジューからミドヴァニィへ(1) Surreal Bijoux - Mdvanii 1

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昨年12月に発刊されたビリーボーイの自叙伝的スキャパレッリの研究書「フロッキング・ライフ」(FROCKING LIFE SEARCHING FOR ELSA SCHIAPARELLI)より、当ブログの読者の皆様に最も関心を持っていただける第15章「シュールレアル・ビジューからミドヴァニィまで」(Chapter 15 Surreal Bijoux - Mdvanii) のオリジナル・テキストを、ビリーボーイの許可を得て、今回より38回に渡って翻訳することにいたしました。

パートナー、ララとの出会い

私は1978年にニューヨークからパリに移住し、そこでパートナーのララと出合った。そして、彼との関係によって得られた新しい確信に力を得て、パリでの新しい生活を構築して行った。絵画や彫刻、アクセサリー、衣服のデザインを、過去のフィーリングをはるかに凌ぐスリリングな熱情で再開する。市場向けの製品を作ることは念頭になかった。なぜなら、そこには私の非常に強い自己解放の意図があったから。私は又、私が作る衣服と絵画を結合させた混成物を作るプロセスを研究することに喜びを感じていた。そして、この時代の私の仕事はアートのようなものだと自信をもって言い切れると感じ始めていた。作った衣服を引き裂き、それに絵をかき、それらを叩き切って、あたかも遺伝子組み換え操作をしたように縫い合わせる。それらを一緒にすることにより、異様なエンジェルが生まれ、私はそれを無鉄砲に着ていた。それらは時に、私の身体を覆いきれなかったこともあった。そんな私の姿は、メディアによく知られるところとなり、いくつかの論拠のある言葉とともに、私が無頓着な屈託のない人気者だということが発信され、それは驚いたことに世界中に伝えられた。又、当時のプレスの表現に従って言えば、明らかに私は周りの世界を全く気にしない、人形やアート、オートクチュールの収集に陽気に遊び騒ぎ、自分自身をエンジョイしている人間だと。これは半分当たっている。私は、ついに、正常な、自分に良く適応させたと思える生活を手に入れたのだ。しかし、それは決してニルバーナとか、おとぎ話の類のものではなかった。ララは、人々の私に対するリアクションを観察するのを楽しんでいたと言う。又、彼は、メディアが私のことを「漂っている男」というのを聞くのが好きだった。それは本当だ。だが、メディアが私の思いのたった一つの真実さえも捉えたは一度もない。只、彼らは、私がフランスのアートとオートクチュールのアイコン的な過去に関連する魅惑的な人たちと一緒にいるのを見ていた。

ところで、皆さんが信じようが、信じまいが、私には際限のない治療を必要とする生まれつきの持病がある。それは、私が殆どの人と決して心を分かち合えない何かの問題を抱えていることだ。それが原因で、私は無関心で無頓着な人間だという評判がたったのだと思う。プレスは又、しばしば私について、パリのアンティーク・フェアや三大蚤の市であるポルト・ド・クリニャンクール、ポルト・ド・ヴァンヴァス、ポルト・ド・ミロメンシルに足しげく通っていることを伝えた。そして沢山のプレスがパパラッチ・スタイルで、パリとその郊外にある全ての素晴らしい古物商や中古品店で、ひっそりと埋もれている、例えば珍しいファブリックとレースでできた聖杯などの掘り出し物を見つけようと夢見ている私を写真に撮ろうとした。こうしたプレスの私への注目と関心は、当時の私には少々愚かしいものに見えた。それは私の気持ち次第であったが、私は浮かれ騒ぐか、あるいは又、単に彼らの行為に侵略的なものを感じ、私を不快にさせた。

比較的短い期間であったが、ララと私は一緒にアートワークと装身具類を制作した。そして、私たちは本物のカップルと認められ、私たちの作品は世界中の有名人を含むあらゆる種類の人々から求められるようになった。しばしば私は、本や雑誌で読んだり、映画のスクリーンで見た人々と実際に会うようになり、そうしたことにワクワクしたものだった。そして彼らから、私が何をしているかとか、私が他の誰にも似ていないという事が語られた。そんな事どうでもいいのに。ゲェー、もう聞き飽きた。私が、こうした回想に少しばかり苛立たされるのは、自分のユニークさがそれ以上のものであると思っていたからではなく、この時代の思潮に明らかに無関係なことをしていたからだった。それは、大抵の人が「奇妙な」と呼ぶものだった。しかし、それは、私たちの創作的な結合から生まれたものであったから、誰かにとって奇妙に見えたかもしれないが、私には何の意味も持たなかった。私たちの創作的な仕事は、私が過去にダリの信奉者として自分の魂の奥底へ旅した時よりも、この上ない幸福な美へと向かっての学習であった。私の無関心さにも拘わらず、ララは人々やプレスのリアクションを楽しんでいた。
当時のメディアが伝えた私についての報道が本当に価値あるものであったかどうか、私には言えない。実際、私は時代を気に留めないし、社会とその虚飾から遠く離れて漂っていたと、明言できる。人々が私のことをどう見ようが、私は自分の外の世界からはっきりと距離を置いていた。私は、これまで生きてきた世界、これまでの私のプライベートな生活から脱出するために、大量の仕事が必要だった。(渡辺純子 訳)

次回へ続く

トップの写真は、ビリーボーイが1985年に制作した「エデン」と名付けられてコスチューム・ジュエリー作品。
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2017年01月01日

スキャパレッリを敬愛したビリーボーイのバイオグラフィー FROCKING LIFE - Searching for Elsa Schiaparelli

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        HAPPY NEW YEAR 2017

新年あけましておめでとうございます。

目出度いニュースをお知らせいたします。
ビリーボーイの新しい本 FROCKING LIFE - Searching for Elsa Schiaparelli が、ニューヨークの有名出版社であるリゾーリ社 Rizzoli から、昨年12月に発刊されました。
内容は、10代の頃、スキャパレッリ・ファッションの魅力に目覚めたビリーボーイの自伝であり、スキャパレッリに関するユニークな研究書でもあります。ファッション、アート、シュールレアリスム、人形、人生哲学、そして面白いエピソードが綴られています。分厚い本ですが、27章に各テーマがまとめられていて、文章が多い割には読みやすいのが特徴です。

15.5cm×24cm 384頁(内8頁写真) ハードカバー 39.95USドル 

写真は少ないですが、内容の面白さにより充分カバーしていると言えます。装丁の美しさも大きな魅力。
ご興味ある方は、Amazon で検索してみてください。

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ララ Lala からの年賀状です↑ 彼のチャーミングなイラストが上記の本にも掲載されています。

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2013年09月14日

ビリーボーイとララの人形の家「ザ・ララ・ハウス」 THE LALA HOUSE

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ビリーボーイBillyBoy*のパートナー、ララLalaの名前を冠した19世紀の大型ドールハウスに関する本が作られた。
ドールハウス自体は、ビリーボーイが祖先から受け継いだもので、1880年に制作されたものという。
3階建の大きなハウスの中には、数多くの部屋があり、どの部屋にも当時の素晴らしい調度品が置かれていて、まさに、1880年代のヨーロッパの伝統的なブルジョア家庭の様子を垣間見るよう。
ビリーボーイとララの共同執筆。
詳細は下記サイトで。中身の頁もご覧になれます。

http://www.blurb.fr/b/4552992-the-lala-house

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2011年06月05日

バービーと私 "Barbie and me" by Fumiko Miyatsuka

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ミドヴァニィ・ドールの創作者であるビリーボーイは、バービー・ドールの世界的コレクターであり、研究家としても知られている。その彼と私が知り合ったのもバービーがきっかけであった。1980年代初め、パリに住んでいた頃のことだった。そして1986年、日本に帰国してから、有志とともバービー・コレクターズ・クラブJAPANを設立した。私が、国内でバービーの組織を作ろうと思った大きな理由は、20世紀最大のロングセラー・ドールとして世界中の人々から愛されてきたアメリカ・マテル社のバービー・ドール(1959年から今日まで作り続けられている)が、日本で生まれたことを知ったからであった。

そして、その誕生の歴史を調べていた時に出会ったのが、宮塚文子さんであった。
宮塚さんは、世界中のコレクターが憧れる最初期のバービーのドレスの製作に携わった唯一の日本人女性であり、マテル社のデザイナー、シャーロット・ジョンソン女史のアシスタントとして、約1年間、帝国ホテルの一室を仕事場として、歴史に残るお仕事をなされた方。
その宮塚さんが、これまで誰にも明かさなかったバービー・ファッション誕生秘話を一冊の本にまとめられた。それが、「バービーと私 着せ替えドレスを作り続けた半世紀」(亜紀書房 1,680円)である。
バービー・ドレスや小物の製作に関する非常に興味深いエピソードやプロトタイプ・ドレスの写真、そしてフィフティーズのムードが満載されている。昭和という時代を背景に、”安かろう悪かろう”と言われた日本製品を世界基準に押し上げた「働く女」の激動の一代記。
因みに、5月29日(日)の朝日新聞に「モノ作りを支えた猛烈な仕事」という見出しで素晴らしい書評が掲載された。

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バービー・ファンやファッションドール・ファンはもとより、昭和という時代に興味のある方にも、おすすめしたい一冊。
ぜひ、書店で手に取ってみてください。

亜紀書房のサイトは↓

http://www.akishobo.com/

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2007年06月20日

ミドヴァニィ、これは人形ではない Mdvanii 《ceci n'est pas une poupee》

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昨年11月〜今年2月までスイス・ローザンヌのミュージアム、ミュダック mudac とエリゼ写真美術館 musee de l'Elysee で開催された「ミドヴァニィ、これは人形はない Mdvanii ceci n'est pas une poupee」展のカタログが、4月に発刊され、つい先日、日本に上陸した。上の写真が、その表紙である。

展覧会が終了した後、そのカタログが発行されるというのは日本では考えられないことだが、その過程において、出版社も当のミュージアムも全くあわてる様子もなく、悠然と作業に取り組んでいたのには、あきれると同時に、彼らののんびり感がうらやましくも思えた。

時間をたっぷりかけただけあって、丁寧な編集がされており、写真のセレクトにもセンスが感じられ、なかなかの出来栄えである。
内容は、展覧会に展示された代表的な作品と会場の様子、オープニングなどの写真(全てカラー)と、ミドヴァニィの歴史を交えたビリーボー&ララのインタビュー記事(非常に面白い)、彼らのプロフィール、ビリーボーイによる短編小説「リキッド・スクリーン」などで構成されている。
非常に貴重なミドヴァニィの出版物であり、何故、「ミドヴァニィ、これは人形ではない Mdvanii 《ceci n'est pas une poupee》」なのか、も書かれており、興味深い情報が満載されている。

A4判 80頁 英語と仏語のバイリンガル
発行元:スイスの出版社 infolio
価格: 5,000円(税込 送料込)


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